韓国へ(その2)
韓国料理はもちろん日本でもおなじみだ。そう珍しいものでもあるまいと高をくくっていたら,いや,はじめから驚かされた。「付きだし」と称して,くるわくるわ,次々と小皿料理が運ばれてくる。テーブル一杯に並んで数えてみたら10皿ぐらいある。キムチとか野菜や山菜のつけものなど,小皿が主なのだが,これがみんなサービスだという。お変わりも自由だ。これだけ食べたらもう十分のような気がする。だからあと一つ,焼き肉とかビビンバを頼めばよいのだ。スープも美味しかった。味噌汁のようなのも美味しかった。冷麺もおいしかった。焼き海苔もおいしかった。靴底よりも一回り大きい骨付きカルビも美味しかった。いっぺんで韓国料理を見直した。辛いだけではない,コクがある。
たっぷり2時間,飲みかつ食った。それもガツガツ食ってお腹いっぱいになり,ホテルに戻り,ひっくり返ってテレビをつけると,歌謡曲をやっていた。それはもう歌謡曲と言ってしまうぐらい,そのメロディーは日本と近い。日本の歌を聴いているようだ。こういう感性まで日本に近いのだ。 中国の歌は勇ましいのが多い。未来や希望に向かって前進すべしということを堂々と歌い上げる。元気がでる歌だ。ここ韓国では,癒されるような,あるいは小さな幸せを気づかせてくれるような歌が多い。もちろん,たまたまそういう歌を聴いたというにすぎないが,中国とは違い,日本に近いものがあることは確かだ。
われわれの通訳をしてくれたYさんは30代の女性だった。IT関係の話なのに,てきぱきと気持ちよく訳す。よほど頭がよいのだろう。 とある会社を訪問したとき,たまたま廊下にニュース写真が張り出されていた。その中の一枚が韓国海軍の哨戒艦沈没のものだった。犠牲者46人の顔写真が並んでいた。「大変でしたね」と話を向けると,やさしそうなYさんの表情が変わった。「もし戦争になったら,国を守るために軍隊に入る」と言い切った。「国家があってこその国民でしょ」ともつけ加えた。歌謡曲のメロディーは似ていたが,こんな志は今の日本,どこをさがしてもない。
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