MAO的小屋 ~相原茂の隠れ部屋~
Home Profile Essay Diary Column Gallery Books

MAO'S Profile
雑誌、新聞、書籍などに寄稿したエッセイ集。
「等身大の中国」を知るための辞典

相原 茂 
 2009年の貿易統計によると,中国が日本との輸出でもアメリカを抜き第1位になったという。世界不況の影響で対米輸出が減少したためだが,中国が日本の最大の輸出国となり,これで輸出,輸入ともに中国がトップになったわけだ。
 このように台頭著しい中国だが,日本人は心穏やかでない。これまでのアジアの雄としての地位を脅かされつつあるからだ。いや,もうすでに取って代わられているか。
 強欲中国とか,膨張中国,エコノミックアニマルなどと呼ばれているが,考えてみれば,ついこのあいだまでの日本がそうであった。

 だが,外からは経済力とか食料消費など,目に見え数値化されやすいものしか取りざたされないが,内にはそれを支える活力があるから発展するのだ。日本には文化があり,伝統があり,豊かな言語生活があり,勤勉なる精神がある。だからこその発展だった。単なるエコノミックアニマルであるものか。われわれはそう考えた。

 中国も同じだ。ただの金儲けだけで,ここまで経済活動を含めた社会の変貌と発展は不可能だ。遅れてやってきた社会主義的市場経済の国は,可愛くはないけど,すごいと認めたい。
 眠りからさめると,あっという間のキャッチアップである。さすが「中華」の国。日本と違うのは,彼らにはこれからは我々の世紀だという自負があり,世界一位に躍り出ても,ひるまない。自分たちが主人公になりうる,なって当然という風格がある。日本はあたふたしてしまった。

 北京オリンピックでわたしが感心したのは,入場行進の順番だ。国名の中国語表記,その筆画数順にした。トップはギニアだ。“几内亚”と書く。“几”は2画だ。中国独特のルールを出す。今度日本でやるときは,「いろは」順にしてもらいたい。

 日本はこのような隣国中国と正しく向き合い,付き合ってゆかなければならない。その基本は「正しい理解」につきる。そのための王道は言語による理解である。中国語がわかり,正確に中国の人と社会と文化を理解する人材が今の100倍ぐらいは必要だろう。

 このたび刊行される『講談社 中日辞典<第三版>』はその目的に「言語を通じて等身大の中国の姿を理解すること」を掲げた。中国社会の変貌は当然のように言語の変貌を伴う。新しい単語,新しい用法,新しい表現などが,次々と私たちの前に立ち現れる。今回の改訂では新語・慣用語など,7500語を増補することになった。

 現代の日本では新語のほとんどを外来の概念として,カタカナ語で表示しているが,中国はできるだけ自国語によって表現しようと苦闘している。たとえばコンピューターは“電脳”だし,テレビは“電視”だ。他にも例えば,

  マイレージカード 里程卡(里程を表すカード)
  カーリング  冰壶(氷の壺)
  ファクシミリ 传真机 (真を伝える機械)
  リニアモーターカー 磁浮列车 (磁力で浮く列車)
  カウントダウン 倒计时 (倒立して時を計る)

明治時代は日本が意訳し,中国が音訳をしていたのだ。telephoneを「電話」としたのはわれわれで,中国は“德律风”としていた。「科学」を彼らはscienceそのままに“赛因斯”とした。それが今立場はまったく逆転している。

 また本辞典の巻末には「固有名詞小辞典5000項目」の付録がある。固有名詞すら,漢字化されるゆえ,これはありがたい。グッチ(古奇),マクドナルド(麦当劳),ソニー(索尼),キヤノン(佳能),オバマ(奥巴马),それぞれ漢字ではどう表記され,どう発音されるか。そろそろ常識になるだろう。

 『講談社 日中辞典』に続き,本文の全文検索ができるCD-ROMも付いている。さらに,更新機能もつく。これは現代の「中国語辞典」にはまさに渇望されていた機能だろう。まず,『現代中国語新語辞典』をまるごと1冊無料ダウンロードできる。そして年に数回ネットを通じて新語の増補分などがダウンロードでき,辞書を更新することができるのだ。

 初版発行からわずか12年,このたび第三版を出す。ほぼ6年おきに新訂版を出していることになる。ということは,出版するやいなや休みなく次の改訂に着手しているということだ。さらにこの間,『現代中国語新語辞典』も上梓している。変わりゆく中国を相手にするには,このぐらいの勤勉な言語ウオッチングが要求される。

 変貌を続ける中国とその言語,それに最も良心的なフォローを続けているのが『講談社 中日辞典<第三版>』なのである。

読書人の雑誌『本』2010年3月号に掲載。

他のエッセイを読む