 【2012年04月24日】 新相原塾 中国語の発音について
相原 茂 先日「中国語の発音について」の講義をした。発音は中国語にとって永遠のテーマである。ゲストに段文凝さんがついてくれた。ということは段さんに発音してもらうということだ。つまり実践的な講演ということになる。単に発音の体系やら音韻論やらのむずかしい話をすればよいということではない。
では,一年生の4月の発音の授業のように,元気よくbo,po,mo,foを繰り返せばよいかというとそうでもなさそうだ。募集要項には「入門・初級・中級向け」とあるではないか。時間になって会場に入ると案の定見知った顔がいる。彼ら彼女らは数年中国語を学んでいる強者どもである。
まあそれでも発音の実際をやや体系的に教授するということで勘弁して貰った。わたしの大学生用テキストにおける発音教授法にのっとって,ところどころ音韻論的な話ももりこんで,つとめて段さんに登場してもらうようにして話を進めた。
休憩時間には昔撮影した「発音DVD」を放映した。いまから十数年前のものだが,発音が変化したわけでもないので,今でも十分役に立つ。いや,これを超える体系的な発音映像教材は未だ出来ていないのではないかと思う。
後半は声調変化やr化,単語アクセントなどにも触れ,ほぼ中国語の発音の実用的な全体像を講義し終わった。そのあと短い質疑応答があった。
一つは三声連続に関わることで,早く言えば“油井”と“有井”はまったく同じかという問いである。中国語の声調変化は「後ろの音によって,前が影響をうける」タイプである。“五把伞”などもそうだが,“五”と3声で発音しはじめたところ,後ろがまた第3声であると知って,あわてて“五”を第2声に変える。そうであれば初めからそう発しようとした「正2声」と「にわか2声」とはどこか違うのではないか,という質問だ。
これはありうる疑問である。わたしも実は大学院生時代にそういう発表をしたことがある。論文にまではしなかったが,私の結論は「にわか2声」は「正2声」とは違うというものだった。もちろん“雨伞”のように単語の場合は排除して考えるべきだと思うが。いずれにしろ,実験音声学の分野に属するから機械をつかってデータをとって証明することになる。
もう一つは「声調符号をどこにつけるか」をめぐってだった。私がいつも学生に示しているルールは次の4箇条だ。
1)aがあればのがさずに, 2)aがなければeかoをさがし, 3)iとuが並べば後ろにつけて, 4)母音一つは迷わずに。
これで間違いなく声調符号をつけることができる。会場から出た質問は
(1)主母音の上に (2)介音には基本的には付けないが、介音しかなければ、一番後ろの介音に
という2箇条でよいのではないか,というものだった。これはまったくダメな考えとも言えない。特に第(1)条だが,主母音とは主たる母音である。主たるとは簡単にいえば「口の開きがその音節の中で一番大きく,もっとも響く母音」を指す。aが一番で,それに次ぐのがeやoだ。それが分かっていればよいが,発音を学ぶ1年生はそういうことは分からない。だから,結局a>e=o ということを言わなければならない。つまりaが一番強く,eとoは同じ,ただし,eとoが同じ音節のなかに一緒に現れることはない,と教えなければならない。つまりそれは私の挙げたルール1)2)ということになる。
では,それ以外の母音が現れるliuや duiはどうなるか。これについては主母音は隠れていて現れていない。「消えるo、消えるe」で学んだように本来の音節の形はliouであり,dueiだ。私のルールだと,これは3)条で規定しているように「iとuが並べば後ろにつけて」だから問題なくliùやduìとなる。 一方,会場から出た質問では(2)に拠るわけだろうが,「介音しかなければ,一番後ろの介音に」とある。このルールは訳が分からない。そもそも介音とは何かが全く分かっていない。介音とは声母と主母音との仲介の音である。韻母の先頭に来るわけで「一番後ろの介音」というのは意味不明である。まるで一つの音節の中に介音が複数あると考えているようだ。どうも質問者はiuv(vはuウムラウト)の3つが介音で,それが音節のどこに現れようと介音だと誤解しているらしい。
そもそも初学者が「介音」という概念を,また主母音という概念を,この質問者が理解していないように,正確に理解しているとは思えないし,またそこまで教師もこの段階で求めるべきではないだろう。だから,「主母音」とか「介音」という用語を用いた質問者の「声調記号をつける」規則は無茶なものである。
そういうことを私は「まあ,これは教育的配慮でわかりやすく言ったものですから」と答えておいたが,実際pinやjingなどでも主母音のeは消えているわけだし,wuやjiやlvなどでは主母音や介音はどうなっているのかという問題は依然として明確になっていない。それについては,現代中国語の音韻論については藤堂明保先生の『新訂 中国語概論』(藤堂明保,相原茂共著 大修館書店)ぐらいしか手に入りやすい論考はないということを講義でも述べたが,わたしも先生の考えを採用している。これらについて興味のある方は実際に手にとって読んで頂くしかない。
そういう音韻論的解釈とか,主母音とか韻母,介音などのあらゆる学問的な考察とは無縁なところに「声調符号の付け方」はある。きわめて実用的に中国語をピンインで表記する。その表記法は中国の文字改革委員会だかがすでに決定してしまったことで,教科書も辞書もそれに基づいている。だから,われわれもとりあえずはそれに従いましょう。まちがいなく従うにはこういうルールを覚えておくと便利ですよ,というにすぎない。
この他にもいくつか質問が寄せられたが,学会などの質疑応答とは異なるが,それでも公の場でのやりとりは実は神経を使うところがある。学会などでは質疑応答が真剣勝負の場のような様相を呈する。あまり愚かな受け答えをしたり,あまりバカな質問をすると共にその当人の評価に関わるし,くだらない質問で貴重な時間をとってしまうと他の人が迷惑するということもある。その反対によい質問だと聞くものの蒙を啓くことが少なくない。
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