66歳になった。65の次だから66ぐらいにしか考えていなかったが,ふとしたことから“六十六,非不寿”という言葉があることを知った。

中国の有名な知識人,易中天氏のブログで見つけた。

どんな意味か。「66歳は寿,つまり長生きでないとは言えない」ということで,66まで生きたなら何時死んでもまあまあの寿命だ,そんな意味合いだ。これは元々は書家として有名な啓功先生の言葉であるという。で,易中天氏のブログにはこうある。

今天是龙年岁末,也是我的生日。借此机会,向各位网友问声好,给大家拜个年!启功先生有云:六十六,非不寿。遂续貂如下:

とくに訳すまでもないだろう。最後の“遂续貂如下”は少し難しいか。啓功先生のことばに僭越ながら以下のように続けてみたというのである。

六十六,非不寿。祸与福,都曾受。

从今后,皆天佑。人生事,思量透。

病要医,心照旧。多读书,少做秀。

高也成,低也就。学到老,活个够。

六六大顺,谢谢诸位!

ネットを見ていると,“启功先生自撰的墓志铭”というのも出ている。その中に“六十六,非不寿”という言葉もある:

“中学生,副教授。博不精,专不透。名虽扬,实不够。

高不成,低不就。瘫趋左,派曾右。面微圆,皮欠厚。

妻已亡,并无后。丧犹新,病照旧。六十六,非不寿。

八宝山,渐相凑。计平生,谥曰陋。身与名,一齐臭。”

よく意味の分からないところもあるが,それはこちらの学力不足のためである。

“六十六,非不寿”のあとには“八宝山,渐相凑”とある。言うまでもなく「八宝山」は北京の墓地の名,だんだんそこに近づいてきたという。しかし,実際のところ彼はこのあと93歳まで長生きした。墓には66歳のときに作ったこの墓誌銘が刻まれているという。

中国の文人はすごさがある。日本のマスコミの言うことばかり聞いていてはこういうすごさはわからない。

 

1978年,启功66岁时,妻子、母亲和恩师已经先后离他而去,回想半世艰辛岁月,启功悲痛之余写下了这首诙谐、精炼《自撰墓志铭》:

中学生,副教授。博不精,专不透。名虽扬,实不够。高不成,低不就。瘫趋左,派曾右。面微圆,皮欠厚,妻已亡,并无后。丧犹新,病照旧。六十六,非不寿。八宝山,渐相凑。计平生,谥且陋。身与名,一齐臭。(六,读如溜,见《唐韵正》)