李白に肉薄?
標題の「白髪三千丈」は唐代詩人李白の名句として知られていますが、「縁愁似箇長(うれいによりてかくのごとくながし)」と続き、「積もる愁いに伸びた白髪の長さは、三千丈(約9キロメートル)もあるかのように思われる」と解釈されています。
日本語に比べ、中国語は誇張的かつ装飾的表現や、情感に訴える表現が多いとよく言われており、事実その通りだと思います。文学の世界や日常的な会話においてだけではなく、ビジネスの世界でもその特徴が際立っていることを,私は企業の翻訳の仕事で痛感しています。その部分の処理、つまりいかに日本人読者の言語感覚に合わせ、トーンを抑えた表現に置き換えるかで苦労しています。
世界共通語の英語と違って、日本語はビジネスの世界でも話せる人が少数で、英語ほどの寛容性はなく、わずかな温度差で違和感を覚えてしまう人も多いのではないでしょうか。シビアなビジネスの世界でも、コミュニケーションの快適さが求められます。
たとえば 製品のプレゼンテーション資料にこんな表現がありました。

○○相伴,幸福一生
「○○」の部分は商品名で、これを直訳すると「○○製品があなたに一生の幸せをもたらす」になります。皆さんはこの訳をどう思いますか。 「上から目線?」、「思い上がり」と感じる読者がいるかもしれません。これでは消費者の心を掴めないどころか、企業として謙虚さに欠けると思われてもしかたがありません。「○○であなたの暮らしが豊かになる」くらいに落とすか、翻訳者によっては「○○、あなたの暮らしに寄り添う」ともう一段トーンを下げたくなるかもしれません。「あなたを一生幸せにする」なんて婚約者でもない限り、そんな無責任なことを言える人はいないでしょう。
もう一例見てみましょう。
中国語:“建设像太平洋一样宽的网络”
日本語:「太平洋のような広いネットワークを構築する」
これはいくらなんでも大げさすぎて、「白髪3千丈」に肉薄できるような誇張ぶりです。このままだと真面目な日本人読者は 「太平洋ってどれくらい広いだろう」といろいろ考えてしまい、ウキペディアで調べてしまうかもしれません。ここはシンプルに「幅の広いネットワークを構築する」くらいで手を打ちたいところです。
次の文はある携帯電話メーカーの機能の紹介です。
中国語:“通话清晰,娱乐音效也更为逼真,会给你带来一场听觉盛宴”
日本語:「クリアな通話で、効果音も臨場感にあふれ、まるで聴覚の饗宴が供されているようだ」
スピーカーの良さをアピールするところに「聴覚の饗宴」を持ってきましたが、「素晴らしい音を楽しめる」くらいの意味です。中国人ならこれくらいはすぐに「あ、音が良いんだ」と自然に変換できるので、だれも困りませんし、大げさとは感じないのですが、日本人学習者にとっては「落とし穴」かもしれません。
同じ日本の携帯メーカーの「音」に関するアピールと比べてみるとその違いは一目瞭然です。
「まるでレコーディングスタジオの中央で聴いているよう!○○なら極上の音質で楽しめます」
日本語は事実そのまま、または少しだけ上乗せして表現しています。

「ミルフィーユ」の枚数にまつわる話
同じく携帯関連ですが,次は新聞記事から。
中国語:“2012年营业收入同比锐减40%,智能手机市场份额一落千丈”
日本語:「2012年の売上は前年同期比40%減、スマートフォーンのシェアは激減」
“一落千丈”は株価や人気の暴落、数量の激減などを表現するにはぴったりの言葉です。同系列で“万丈深渊”(底知れぬ深い淵)という比喩もあり、日本語の「どん底」といったところでしょうか。「ミルフィーユ」が中国語でなんというか知っていますか。 “千层糕”や“千层酥”です。これも大げさな名前だなあと思ったら、フランス語も「千枚の葉」でした。勿論フランス語の「千枚の葉」は誇張ではなく、実際はパイ生地を何層も重ねると、何千枚にもなるそうです。中国語訳はフランス語を直訳しながら、図らずも中国語の「千」のイメージをうまく活かしている感があります。実は中国にも“千层饼”という食べ物が各地にあり、正確な枚数はわかりませんが、多くて数十枚のようです。それを千枚と表現するところはやっぱり中国語の特徴をよく現わしています。
勿論日本語にも「波乱万丈」や「万事休す」などのような表現はありますが、語源を辿れば、そのほとんどは中国語からだということがわかります。
日本語によるビジネス関連の表現は簡潔とはいえませんが、むやみに事象を拡大したり、事実とかけ離れた表現や比喩を使ったりすることをためらいます。感覚的に、または視覚的に訴えることがあっても抑制のきいた表現を好み、読み手に気付いてほしいという気持ちがどこか働いているように思います。読み手を五里霧中の世界に追い込むことを好みません。また、広告のキャッチフレーズなど誇張表示や読者を誤解させるような表現は場合によって法に触れることもあるため、企業などは慎重に言葉を選びます。中国では法整備が遅れていることもあり、誇張広告は日常的に行われています。あるテレビの健康番組で、どうみても素人の年配の女性が自ら考案したスープを「包治百病」、つまり「百の病に効く」と堂々と主張し、司会者もそれに付和することに驚愕した経験があります。ガンも、慢性病も、難病も治せると現代医学に挑戦するようなことを言ってのけたのです。中国語でいう「百病」は「すべて」という代名詞と考えたらよいでしょう。勿論中国の消費者はそこまで愚かではなく、この手の話をきちんと割り引いて受け止めているわけで、誇大表現に対する免疫ができているのです。
中国語の“百”や“千”、“万”に用心しましょう。

孔子も然り
さすがに最近ではあまり聞かなくなりましたが、日本と中国が国交回復後、中国と日本はお隣ということで、“一衣帯水”という表現が盛んに使われた時期がありました。一本の帯紐(原典は中国古代の服の紐のことを指す)ぐらいの幅の水で隔てられているぐらいの距離、とても近いという意味です。これも一種の誇張です。中国と日本はお隣ではありますが、決して近いというわけではありません。東京と上海の直線距離は約1700キロあまりあり、飛行機で2時間以上かかりますから、これを帯紐ぐらいの幅という比喩には首を傾げる人や腑に落ちない人が出てきてもおかしくありません。帯紐ではなく、せめて着物の帯ぐらいにしたいところです。
中国の古文や、漢詩は誇大表現のオンパレートです。詩などは「韻律を踏む必要があるから、そうならざるを得なかった」という必要論もあり、まあまあ説得力があると思いますが、中国の大陸文化、雄大な自然が育んだ表現法が数千年の歴史の中で、中国語や中国人の言語習慣に多大な影響を与えていることは間違いないでしょう。
論語には “孔子闻韶乐三月不识肉味”、「孔子韶楽を聞き三月肉の味をしらず」(孔子は音楽に感動し3か月寝食を忘れるほど夢中になっていた)という一節があります。これも典型的な誇大表現だと思います。3か月は実際「3日」だったかもしれません。
日本語でいう「上戸」や「酒豪」に相当する中国語として「海量」という表現を知っている方も多いかと思います。非常にビジュアルで、同じ漢字を使う日本人はすぐピンとくるでしょう。しかし「海ほどの酒量」とは日本人の言語感覚からすればやっぱり「中国人って大げさ」、「中国人のいうことを信用してはならない」という気持ちがどこかで働いてしまうかもしれません。
翻訳談議になってしまいましたが、中国語を習っている方、特に中級や上級になると翻訳という部分を意識する段階だと思いますが、中国語にはこのような特徴があることを頭の片隅に置けば、勉強が楽しくなるのかもしれません。そして“三月不识肉味”になるぐらい夢中になれば中国語が上達すること間違いありません。

カテゴリ:いぶこみの風景
投稿者 :三好 理佳