今日はお金の話,割り勘の話をしてみたいと思います。
中国では割り勘という習慣がないことは皆さんご存知かもしれませんが、10年前、初めて割り勘を勧められた時の自分を久しぶりに思い出しました。

2004年、北京で友達を通して日本人男性と知り合った。旅行のお土産のお礼として私が食事に誘われた。初めて二人きりで会い、素敵なレストランで一緒に食事をしながら、楽しくお話ができた。別れた後も、携帯メールでやり取りを続けた。「もしかして?」と自分の中で妄想をふくらませていた。

間もなく二人きりの2回目の食事会があった。気がついたら、もう帰りの時間だった。やはり楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうと感じた。前回ご馳走になったので、今回は私に払わせてと言い張ったら、彼はなんと「じゃ、割り勘で」と言い放った。

「晴天霹雳」(青天の霹靂)と言えば過言かもしれないが、これにはかなりのショックを受けた。中国では、割り勘の文化がない。通常は「礼尚往来」(礼は往来を尊ぶ)という暗黙のルールが働いている。友達同士で一緒に食事をすると、今回はあなたが払ってくれた、じゃ次は私の番だ、という考えが一般的である。
ただし,恋人同士または恋人になる可能性がある場合は、男性は女性にレジに近づかせないのが一般的なのだ。

中国人は割り勘に限らず,物事をはっきり分けることは人間関係において冷たいと感じてしまう。とはいえ、ギブばっかりでもなく、テイクばっかりでもない。相手のためにどれくらいしてあげて、そして、それに対し、どれくらい相手に期待するか、大体目に見えない心の天秤にかけている。
男女の関係にしても同じだ。ある男性と一緒になりたいと思う時、将来相手のことを家族として面倒を見てあげることまで想像し、それを前提に付き合おうとする。ここまで真剣だと、この男性は自分のことをどこまで大事にしてくれるか、敏感に,そして必死に見抜こうとする。
ある男性が自分のため頑張ってくれるかどうか、それにはデートのときやプレゼントなどで,自分のためどれくらいお金や労力を払ってくれるかで判断するしかない(というのが多くの中国人女性の持論)。恋愛関係が成立してから女性は一生懸命男性の世話をしたり、プレゼントを贈ったりするが、恋愛関係が確立される前のデートのときは、女性はお財布にさわることもない。ここは男性にとっては一つの試練だと言ってもいいかもしれない。

中国では、どうしても「AA制」(割り勘)ではっきり分けたい時は大体「この人とはもう二度と関わりたくない」という場合だ。もちろんこういう感覚には個人差があるし、時代の変化で最近の若者,たとえば「80后」や「90后」は私が代表できないかもしれない。だからここは「私たちの時代」と言おう。「私たちの時代」では中国人男性は喜んでお財布を出す,いや出さざるを得ない、ということかな。

ちなみに、10年前割り勘になった食事代は、一人39元(現在の600円相当)だった。(今でもよく覚えている!)その時の彼は今の旦那だ。今でも数年に一回ぐらいその時のことを思い出す。「その時の私、よく挫折感を克服し、付き合いを続けたな」と言うと、旦那はいつも「冤罪」だと主張する。「だって俺が払おうとしたのに、どうしてもあなたが払うと言い張っていて、しようがなかったから割り勘にしたじゃ。」と彼は弁解する。
私が本当に払おうとしたのではなく、後一回「僕が払う」と言ってくれるのを期待していたのに、来たのはまさかの「割り勘」だった。何で分かってくれないのだろう。10年経っても忘れていないこの小さな出来事で、よく旦那に「女の恨みは恐ろしい」と言われるが、その当時の「ショック」で私達は二度と会うことがなかったかもしれないので、小さくないと思うな、このカルチャーショック。

カテゴリ:いぶこみの風景
投稿者 :張 娜