以前、相原先生がスターバックスで叱られたお話を書かれていましたが(『北京のスターバックスで叱られた話』相原茂著,現代書館)、私は、前回帰国時に、不二家で叱られました。
叱られた…なら、まだいいのですが、店員の実に遠まわしな言い方に、せっかくの楽しいお茶の時間が、とてもしらけてしまった経験です。

2年ぶりにニュージーランドの次女が、現地で知り合った主人(ドム)と、おなかの中のBABYを連れて帰国しました。久しぶりに日本のおいしいケーキが食べたいと言うので、長女も一緒に不二家に行こう、とういことになりました。

店には、ケーキバイキングもありますが、長女とドムは量を食べる自信がないのでパフェを注文し、ケーキ好きの次女と私は、バイキングを注文しました。注文のときに「バイキングのケーキは、バイキングを注文された方のみになりますが、よろしいですか」と一言ありましたが、次女はドムに日本のケーキの味見をさせたくて、「まあ、一口くらいはいいだろう…」と各ケーキを一口ずつ食べさせていました。

しばらくすると、一人の女性店員が近づいてきて「恐れ入ります。再度確認なんですが、ケーキバイキングの方は、こちらと、こちらの2名様でよろしかったですか」と、一言。彼女が言いたいのは、他でもなく「他の二人は食べるな」です。その視線と口調で、それは、ありありとわかりました。日本語が全くできないドムは“What?”と不思議そうでしたが、彼女の一言で、一瞬にして楽しい雰囲気がぶち壊しになりました。

彼女が去ってから、「中国ではありえない…」「ニュージーランドでもありえない…」と、異文化議論が始まりました。
中国では、「人が楽しむ」のが大前提です。厳しいマナーに縛られて食事をすることなど考えられないという文化があります。骨付き肉を食べながら、骨をテーブルの上に「ぺっ!」と吐き出すのにも、もう慣れてしまいました。
先日も、日本人の友人が「この間、中国の友だちとレストランへ行ったとき、果物屋で買ったスイカを持って入った上に、店の人に包丁を借り、“料理が来る前に食べよう!”と言われたときは驚いた」と言っていました。私自身、注文した料理が店になかったとき、店員に「向かいの店にあるから、買ってきたら?」と言われて驚いたことがあります。とにかく、楽しく食事をする…これを一番に考えるというわけです。ニュージーランドでは、表向きは禁止していても、あからさまに客に注意することはしないそうです。

長女は、「どうして日本って、すべてがマニュアルどおりなんだろうね…」とため息混じりにポツリ。確かに、そのおかげで、サービスの質や、平等を保ち、国際的にも評価の高い「日本のサービス」がある、という現実は否定できません。でも、そこには人間味が感じられません。いつも、日本の空港に降り立ったとたん、言葉にできない圧迫感のようなものを感じるのはこのせいでしょうか…。
日本の「~なければならない」という規則で縛られた生活に慣れきっていた私は、中国で生活を始めて、「人が第一、規則は第二(規則は人のためにある)」という文化にカルチャーショックを受けました。しかしながら、反対にそれに慣れてしまうと、たまに帰国した日本で大失敗をやらかします。

文化には長い歴史的背景があり、国で違っていて当たり前、優劣をつけるべきものではないというのが私の持論です。「郷に入らば郷に従え」で、不二家の店員さんを責めるより、自分の行為を反省すべきなのですが、外国人客がこれからますます増えるであろう事を考えると、接客する側も、相手の国の文化を理解し、楽しく食事を楽しんでもらえる工夫が必要なのではないかと感じたりもしています。

カテゴリ:いぶこみの風景
投稿者 :岸 弘子